よく「社会人になるなると遊べないぞ!遊ぶなら今のウチだ!」
なんて言われるけれど、本当?
社会人になったら何十年も、遊べない人生が訪れるのかなあ…。
うわ~、考えたくない、、、
こんな方にオススメの記事です。
【この記事で分かること】
- 「社会人になると遊べない」は本当か?
- 新社会人として働き始めた私のコメント
- 学生に伝えたいこと
「社会人になると遊べないぞ~。遊ぶなら今のウチだぞ~。」
私も学生の頃に、何度も言われたことがあります。
- 社会人って、そんなに忙しいのだろうか?
- 社会人って、遊ぶ暇すらないのだろうか?
こう疑問に思ったことがあるのは、私だけではないでしょう。
時が経ち、学生だった私は社会人になりました。新社会人で、現在働き始めて2カ月目。
まだまだ短いですが、なんとなく、「遊べないぞ」という大人たちの気持ちが分かった気がします。
【学生よ聞け】「社会人になると遊べない」は本当なのか?
社会人になっても、まったく遊べなくなるわけではありません。
当たり前ですが、「休日」があるので好きなことをする時間はあります。
どれだけ忙しい仕事でも、休みの時間、暇な時間はあるでしょう。
遊ぼうと思えば、遊べます。
・・・でもね、いざ自分が社会人になって分かりました。
確かにもう、あの頃みたいに“遊ぶ”ことは難しいなあと。
次の日の予定なんて考えなかった
学生生活では、おおいに「遊ぶ」ことができます。
思い付きで、深夜まで友達と遊んだり、お酒を飲んだり、しょうもない話をしたり。
その時が楽しければ、なんだっていいんです。楽しいから。
次の日の予定なんて、どうでもいいでしょう?
たいして責任のある用事だって入っていないはず。
夜まで遊んだなら、昼まで寝ればいい。
遊びすぎて筋肉痛になったら、次の日はゆっくり過ごせばいい。
学生の頃は、後先のことを考えず気の向くままに遊べたように思います。
休みが終わればまた仕事
でも社会人になると、いくら「休み」の日だからと言って、何も考えずに過ごせるかというとそうではありません。
- 休みが明けたら仕事だから、無理はしないでおこう
- どっか遠くへ行きたいけれど、仕事があるしなあ、、、あんまり疲れるのはなあ。
遊べはしますが、心の底から何も考えずにただただ“遊ぶ”ことが難しくなりました。
少なくとも、私は今そう感じています。
生活の中で「仕事」が第一優先になってしまい、他のことにエネルギーを注げなくなるのです。
学生の頃は、そうじゃなかったのに。
次第に「遊ぶ」ことに気力を失ってくるのです。悲しいけど、社会人になって感じた現実です。
遊ぶなら学生のウチだぞ
「遊ぶなら学生のウチだぞ」という大人の言葉が、今になって理解できました。
確かに、遊ぶなら学生のウチだと思います。
学生なら、何者にでもなれるんですよ。何だってできるんですよ。挑戦しようと思えば。
ちょっと、自分の話を紹介させてください。
私は大学生の時、一年間の休学をしました。
「休学」とは、いわば「お金で時間を買える制度」です。
一年間休む代わりに10万円の休学費を納め、わたしは自転車で日本一周をしたのです。
274日間の旅で、計12000kmを走りました。
日本中の学生と比べても、トップクラスに“遊”んでいたと思います。
…この経験談から何が言いたいかというと、学生という身なら、社会的なことを考えずに本気で没頭して“遊び”に集中できるんですよね。
遊ぶための環境も容易に手に入りますし。
でも、社会人になるとそうはいきません。
- 遊び続けるための時間が取れるわけない。
- 仕事が第一優先。本気で遊びに没頭できない。
- 働いてこそ社会人だ。
学生と同じ気分で遊ぶことは、出来なくなるのです。
それは、仮に「社会人」でなくなっても。
つまり、会社をやめたところで、学生と同じように遊ぶことはできないでしょう。
日本一周の知り合いには、会社を辞めて旅に出た人も沢山います。
彼らはよく、出会った人からこんなふうに言われるそうです。
- 「社会人のくせに、働かずに日本一周ですか。学生じゃないんだから(笑)」
- 「社会人なの!?仕事しなくて大丈夫!?」
- 「仕事をやめて遊んでたら(日本一周してたら)、将来困るよ」
会社に勤めている社会人でなくとも、年齢的に社会人になってしまった時点で、学生と同じように遊ぶことができなくなります。
いや、正確には遊べるのですが、「社会の目」が付いて回るようになってしまう。
気分悪いですよね。
だから、「遊べるのは学生まで」というかつて言われた言葉に、自分も同意見です。
残りの学生生活を、悔いの無いように。